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ジョン・アーリ『グローバルな複雑性』(共訳)

『グローバルな複雑性』表紙

2014年3月刊、法政大学出版局。吉原直樹監訳、伊藤嘉高、板倉有紀訳。全7章中、はじめに、第2~7章を担当。

グローバル化を続ける今日の〈複雑な〉世界は、予測不可能ではあるが、不可逆的で、恐れと暴力に満ち、決して秩序だってはいないが単なるアナーキーでもない世界である。本書では、グローバルなるものの「創発」が人びとの生と生活を根底から変えていることを、線形的な社会科学の思考を脱構築し、複雑性科学やネットワーク論の成果を援用/適応しつつ検討される。

ブログ記事:グローバルな場所の政治学に向けて―ジョン・アーリ『グローバルな複雑性』刊行(2014年4月9日)

書評一覧

訳注(第3章まで)

議論の展開の基礎をなすにもかかわらず、説明不足のきらいのある概念を中心に。

はしがき

  1. 社会組成的:第1章訳注2を参照のこと。
  2. デウス・エクス・マキナ:筋書き上の困難に対して不自然で強引な解決をもたらすもの。
  3. 複雑系(complex system):多数の因子や未知の因子が密に相互作用しあってシステム全体の振る舞いが決まるシステムのこと。したがって、単に「複雑に入り組んだ」(complicated)システムのことではない。「複雑性」についても同様に理解されたい。そして、こうした複雑系においては、それぞれの因子が相互に影響を及ぼし合っているために、還元主義の手法ではシステムの未来の振る舞いを予測することが困難である。

第1章 「社会」とグローバルなもの

  1. 生態的優位:ボブ・ジェソップによれば、「生態的優位」とは、所与のシステムが、自らの自己組織化の生態において、自らの発展の論理を他のシステムの機能に被せ、それが自らの機能に対する他のシステムの発展の論理を上回ることを意味する。つまり、共進化する複合的状況のなかであるシステムが優位になるのであって、あるシステムが自らの論理を一方的に押しつけるだけの一方的な支配関係があるわけではない。空間からの離脱を進める新自由主義の利潤志向的で市場媒介型の経済は、固有の自己価値実現の論理を有しており、他の社会関係よりも優位にあるが、しかし、他方で、時間と空間に「固定」され、特定の社会関係に埋め込まれることを価値実現の条件としており、したがって、両者は生態的関係にある。
  2. 社会組成的(societal):2000年前後から欧米で流行しており、アーリの批判対象である「統一的な全体性(totality)としての社会に関する」という意味合いで用いられ、「全体社会的」とも訳される。
  3. パフォーマンス:動詞または陳述がそれ自体で、表現されている行為を実現すること。「行為遂行」と訳されることが多い。
  4. 第2章の主題になるが、熱力学には、平衡状態、平衡に近い状態(線形非平衡)、平衡から遠く離れた状態(非線形非平衡)の三段階がある(プリゴジン&スタンジェール 一九八七・第五章)。平衡とは、熱い珈琲が室温と同じ状態になったときなど、物体間に熱の移動がなく、かつ相の変化もない状態を指す。線形熱力学の扱う平衡に近い系(システム)では、初期条件はどうあれ、系は最後に、課された境界条件によって決まる状態に到達する。これらに対して、系に働く熱力学的力が線形領域を超えた平衡から遠く離れた状態では、ゆらぎが、平衡や平衡に近い系を特徴づけている「正常」で安定した挙動とは異なる新しい挙動を起こすことがあり、無秩序(熱的カオス)から秩序(動的秩序)への転移をみせることがある。
  5. 無時間的な時間:歴史的なコンテクストに影響されない瞬間的な時間。
  6. アトラクタ:本書第2章4節の記述、および同箇所の訳注9を参照のこと。
  7. カオスの縁:第2章で詳しくみるが、イメージしやすいように、ここでケリーのまとめを引用しておく。「生命が宿るのは、計画された秩序の死と、カオスの衰退の狭間〔カオスの縁〕だ。あまりに変化が多すぎると手にあまるし、規則でがんじがらめだと麻痺につながる。採鉱のシステムは、ルールに縛られず、さりとてカオスに足を取られはしない環境にこそ存在する。このシステムのメンバーは、無政府状態には陥らないが、無駄、ムラ、コミュニケーション不足、低生産性は甘受するという共約で強く結ばれている。……そうしたグループや組織は、最高のパフォーマンスを示しているときに、実はカオスの奈落の瀬戸際にいる。……革新的な組織ほど、その栄光の頂点で、ぎくしゃくしたコミュニケーション、天才たちの発作的言動、命取りになりかねない分裂の危機を迎えがちだ」(ケリー 一九九九b・一五七‐八頁)。
  8. 量子飛躍:光子の吸収や粒子の衝突などによって起こる量子力学的状態間の転移を表しており、すなわち、漸進的な変化ではなく、段階的な大きな変化を表す比喩的表現。

第2章 複雑性への転回

  1. 収穫逓増の法則:かつてアルフレッド・マーシャルが定式化した「収穫逓減の法則」では、市場で成功した製品や企業はいずれ頭打ちになると考えられているのに対して、「収穫逓増の法則」は、情報産業・IT産業・サービス産業では、しばしば最初に市場を制した初物がその後も勝ちつづけることのほうが起こりやすいという理論であり、収穫逓増は需要と供給の「均衡」ではなく、市場の「不安定」を巧みに生み出して、特定企業や特定製品の増産と増収のカーブに周囲の流れを次々に巻きこんでいる。
  2. 生きたシステム:有機体のようなシステムではなく、生態系のような各要素が相互連関しあった複雑系を指す。
  3. この点について、ゾーハーは、「すべての恋人と同時に暮らすことのできる量子の浮気娘」なる比喩を用いて説明している。社交界にデビューしたばかりのこの娘は、何人もの男性に求婚され舞い上がってしまう。日常的現実の世界では、これぞぴったりの男であると確信するために、それぞれの求婚者と一人ずつデーとして確認していかなければならない。しかし、量子の世界では、この娘は、瞬く間にすべての求婚者との恋に落ち、同時に同棲することができるのである。そして、もちろん、最後には、一人の男と結婚して一つの家に住むことになるのだろうが、しかし、彼女がひとときの間過ごした周りの家にもその痕跡が残されており、その近所の人びとは彼女に会ったことを覚えているのである(ゾーハー 一九九一・三六頁)。ここからわかることは、物体がエネルギーの明確なやりとりがないにもかかわらず即時に他の物体に影響を及ぼすことのできる「遠隔作用」(action at a distance)、ないし「非局所性」(non-locality)が、量子物理学者にとっては当たり前の事実になっているということである。
  4. 時間生物学:生体内の周期的現象を研究する学問のこと。
  5. 熱力学の第二法則:熱が高温度の物体から低温度の物体に移動する過程が不可逆であることを示す法則。エントロピーの増大とは、この際に分子運動レベルでの乱雑さ、無秩序性が増大することを意味しているが、熱は均質に広がっているので、経験的には、平板化、均質化の度合いが高まることとイメージすると分かりやすい。
  6. 平衡から遠く離れた秩序:第1章訳注4を参照のこと。
  7. ローレンツは気象を決める三つのパラメータ(温度・気圧・風向)を用いて非線形の微分方程式をコンピュータで解こうとしていた。最初はこれらの六桁の数値(〇・五〇六一二七)を入れて、ついで検算のときは四捨五入して三桁の数値(〇・五〇六)で計算を始めた。コンピュータによる計算中、ローレンツはコーヒーブレイクのために席をはずして戻ってきてみると、とんでもない計算結果が現れていた。千分の一未満であった初期値の誤差が非線形方程式を解いているうちに代入を繰り返すことで途方もなく増幅されていたのである。
  8. 砂の山の上から、たえず霧雨のように砂粒が降り注いでいくと、山は次第に高くなり、一定の高さでとまる。積み上がった砂が滑り落ちていく量と、上から降る新たな砂の量が釣り合うからだ。この状態の砂山をイメージしてほしい。ここで、砂粒同士は非常に複雑にかみ合っており、いまにも崩れ落ちそうになっている状態になっている。
  9. 簡単に言えば、あるシステム内の動きが向かう固定点や平衡状態をアトラクタと呼ぶ。
  10. 平衡に近いシステム:第1章訳注4を参照のこと。
  11. ホメオスタシス:そもそも、クロード・ベルナールの発見した生物生理系(たとえば血液)が正常な状態を維持する現象を意味する言葉であったが、生物系の種々の階層における安定した動的な秩序を表すのに使われるようになった(たとえば、生物群集における種の構成の安定性は生態的ホメオスタシスと呼ばれる)。
  12. ロックイン:コストがかかるためによりよいシステムに移れず、歴史的な偶発的出来事と過去の政策的介入によって生み出された既存のシステムとその発展経路に固定(ロックイン)されてしまうということ。
  13. もっと正確に言えば、個々人は、エスニシティの違いにはそれほど敏感ではなく、融合して暮らすことを厭わず、ただし、ごく近隣の間で自分のエスニシティが極端に少数派にならないでほしいというささやかな条件があるだけで、エスニシティの融合した都市パタンが少しの「ずれ」をみせた場合に、連鎖反応が次々と起こり、結果として完全に分離してしまう。
  14. ストックカー:市販の乗用車をレース用に改造した車。
  15. 微小生息域:枯れた根株や動物の遺体など、微小な生物にとって特異な棲息場所となる小生息域のこと。

第3章 「グローバル」な分析の限界

  1. ブギーマン:魔力を持つ想像上の性悪のお化けで、とくに悪い子供をさらっていくとされる小鬼を指し、子どもを脅すために持ち出される。
  2. 不変の可動物(immutable mobiles):ブルーノ・ラトゥールの概念。やわらかく訳せば「変わらずに動くもの」。たとえば、地図など。あらゆる個人や集団に伝えられたり、複製されたりするが、しかし、その固定化された内容や意味が変わることはない。
  3. 貧血症:アフリカではしばしばみられる重病であり、オランダではたいした症状ではないとされている。
  4. つまり、アフリカにも貧血症の症状がひどくない地域があるが、「領域化」によって、そうしたものが捨象され平均化され、アフリカとオランダの間に「恣意的な」線引きがなされているということ。そして、この線引きによる領域化をもたらすのは、「事物の秩序」ではなく、「不変の可動物」によるネットワークである。
  5. 貧血症の診断ネットワークにおける「不変の可動物」は、アフリカに運ばれる測定機器や測定するスタッフに問題があり、しばしば直の診察(診療のまなざし)に頼っているため、「不変」の可動物となっていない。ここで、別のネットワークが働いていると考えることもできるが、しかし、臨床の診断のありようは、場所によってさまざまに変わるため、「不変」のものではない。
  6. ギデンズとアーチャーら批判的実在論との決定的な差は、創発の次元を認めるかどうかにある(ギデンズは認めていない)。
  7. 第2章訳注3を参照のこと。

邦訳文献一覧